昔の 母の日 は どうだったのか 槇本楠郎 の 小説 から 時代を読む

明治〜昭和に生きた児童作家さんの
まるで、サザエさんのような暖かい家族を描いた作品を紹介します。

槇本楠郎 まきもと くすろう とは

作者:槇本楠郎 まきもと くすろう
出身:岡山県
活動期間:1922−1956年 (大正〜昭和時代)

「児童文学者協会」を立ち上げた人で
いままでの児童文学の考え方(子どもは無邪気、純真無垢)をイメージを変えた人
作家を集め、ムーブメントを起こそうとした人

子供の「野性味」= 自然のままのおもむき(ワイルドさ)

管理人
ワイルドだろぅ?・・・

失礼しました。30代向けのネタです。。(^^;

「子どもは、ありのままで」と、訴えようとしていたようです。
まるで、アナと雪の女王の「Let it Go」のようですね。

ただ、この作品が書かれた当時、戦争中だったため、
発売禁止処分にされ、多くの作品が、日の目を見ることがなかったといいます。
(作家さんは、自由を封じられ、戦争中、多くの人が、弾圧されたそうなんです)

この楠本さんは病に倒れるまで、
子どもに向けた作品を書くことに一生を捧げた人と言えそうです。

作:槇本楠郎 まきもと くすろう 「母の日」

新しいランドセルを背負い

新しいクツ袋をさげて、

一年生の進(すすむ)ちゃんは、元気よく学校から帰って来ました。

「ただいまア!」
「はい、お帰りなさい。早かつたわねえ。」

そう言ってお母様が、
すぐニコニコして玄関に出ていらつしやると、
進ちやんは帽子をとり、クツをぬぎながら、お母様にききました。
「ママ、今日、ほんとに何も買はなかった?
ほんとに、夕御飯のおこしらえ、なんにもしてない?
お野菜なんか、ほんとに買ってないかア?」

お母様は、進ちゃんの帽子を取上げて、ニコニコして言いました
「ええ、ほんとに、なんにも買わなかったわ。
だって、今朝みんなにお約束したんですもの。」

 文章から感じられるお母さんに対しての尊敬

「お母さん」を「お母様」と書いているんです。
この作品は、いつもご飯を作ってくれる、笑顔でおうちで迎えてくれる
お母さんに対してを敬う気持ちが込められています。

今の時代よりも、子どもたちのお母さんとの関係性を知ることができます

 

「あっ、うれしい、助かった!
僕、お使いに行くのがうれしくってね、走って帰つたの。
ねえママ、ランドセルや筆入も、僕の脊中でね、
一ツ二ツ・ガッチャガチャ、左ツ右ツ・ガッチャガチャつて、
さわぐんだよ。きつと、うれしいんだね、ママ。」

「へぇえ、そうかしら?」
「そうだよ、ほんとにそうなんだよ、ママ。
今日はうちの『ママの日』なんだもの。ねえ、まだ姉ちやんも兄ちやんも帰つて来ない?」

 

買い物へ行く先は、”スーパー”じゃなくて、”いちば”

「ええ。まだおひるすぎですもの。
一時ごろになると、純子じゆんこちやんが帰って来るでしょうし、
二時ごろに耕一かういちさん、
三時ごろに蓉子ようこねえちやんが帰つて来るはずだわ。」

「じゃ、僕、ひとりで先にお使いに行って来ようかな。
ねぇママ、僕ねえ、いいもの買つて来てあげるのよ。
あててごらん。ママの大好きなもの。あてたら、えらい。」

「さあ、なんでしょうね?」
「あてたら、えらい!」

「さあ、なんですかねえ?」
そんなことを言いながら、進ちゃんとお母さんは、
子供部屋に入って来ました。

「ねえ、わかんない、ママ。」
「わかんないわ。ほんとに、なんでしょう?」

「僕の買って来るものねえ――行っちゃおう――ねえ、三ツ葉を5つと、にんじんを2、3本。それだけ。」
「あら、あんた、そんなもの、ひとりで買って来られるの?」

「買って来られるさア!
風呂敷ふろしきもつて、いちばに行って、お金を出して、包んでもらうのさ。
みんな手分けで買つて来ることに、昨夜ゆふべ、ちやんと決めたんだよ。
ママ、知らないでしよ。ないしょなんだから。」

「あら、あら。ないしょを聞いちやつて。いいの? ママ、困るわ。」
「いいんだよ、いいんだって、ママ。だまっててね。だけど、僕、困っちゃったなア。」
するとお母様が、笑って言われました。
「いいのよ、進ちやん。ママ、なんにも聞かないことにして置くわ。ね、それでいいでしよ。」
「じゃ、指切りしてよ。」
そう言って進ちやんは、
すぐお母様の細長い小指に、
自分のちっちゃい可愛い小指を巻きつけて、
面白そうにゆすりながら、指切りをしました。

この辺りから、今と昔の違いを知ることができます。
買い物に行くことも当時は大変な作業だった。

だから、お母さんの代わりに、おつかいに行く。
母の日のプレゼントというわけです。

 

いい子たちすぎて、お母さま、あくびをする

お母様は二人を見送ると、茶ノ間の火鉢の横に座って、
雑誌をひざの上に開きながら、うれしそうにこんなことを思われました。

「……あの子供たちを育てるためには、わたしたちも、
ずいぶん苦労をして来たものだ。
でも子供は、やっぱり大切にしてやるべきものだ。
明日は五月の第二日曜で、『母の日』だというので、
うちではみんなあんなにして、
今日の土曜を『母の日』に繰上げて、わたしをいたわってくれる。
一ばん大きいは、もう夕御飯のお米まで、
ちゃんと今朝といで学校に行ってくれたし、お菜(お漬物のこと)もつくってはいけないというし
わたしは、なんにもすることがなくって、
あ〜あ、ほんとに勿体もつたいなくて、退屈して、欠伸あくびが出そうだわ……」

お母さん、子どもたちが、やってくれるものだから
やることがなくなってしまい、あくびをしています。笑

 

それにしても家庭の中も「火鉢」を知っている人も少なくなったのではないでしょうか?
「お菜」という言葉も、なかなかイメージがわいてきません。
こういったモノガタリから、昔の日本をみることができますね。(^-^)

 

まとめ

文章から感じられるのは
お母さんに対しての言葉使いと
子どもたちが、自主的にお母さんの代わりに行動をすること。

お母さんへの尊敬と感謝を、感じます。

いまの時代も、
やっぱりお母さんが大変なのは変わりません。

こんどの母の日は、お母さんをいたわってみませんか?(^_-)

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ドリコレライブラリー館長大原康弘
ドリコレライブラリー館長大原康弘
ゼロから30日間で夢を叶える方法を絵本にまとめます。 子どもに絵本wo!プロジェクト進行中! 夢を叶える物語をコレクションする ドリコレライブラリー館長 大原康弘

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